平林純
jun hirabayashi


profile
1973年生まれ
京都出身
京都芸術短期大学洋画研究生


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個展----------
1998 個展 (京都/ギャラリー射手座)

------- グループ展歴-------
1996 「絵画のそばに立つ」 (京都/ギャラリー楽)
1997 「WET・PAINT」 (京都/ギャラリー楽)
    「感覚のみぶり」 (京都/ギャラリー射手座)
1998 「展覧会を観にいこう」(京都/ギャラリーそわか)


works
タイトル:(右から)
     
「肖像1」
     「肖像2」
制作年:1998

comment
ギリシャ神話に登場するメデゥーサはその姿のあまりの恐ろしさに見る人を石に変えてしまうという。

ここでは見る人と見られる人の関係は思っているほど明確ではない。一体どちらが見ているのか?

そしてメデゥーサの首を見た人は、どの時点で石に変えられてしまうのだろうか?首を見たと認識した時であろうか、それとも網膜にその姿が映された時点で、すでに自分の体は気づかない内に石と化してしまっているのだろうか。私は人は主観によってでしか現実を知覚しえないという考えに至っている。例えば写 真がどれほど客観的で現実を映す鏡であったとしても、メデゥーサの首を見てしまった人が、一瞬にして石に変えられてしまう様にそれを自分の目で見たとたん写 真は一瞬にして主観に成り変わってしまうのではないだろうか。そういう事から最近、人間の視覚に対して一種のニヒリズムを感じる。はたして人間の視覚は、なんの歪みもなく現実を見ることが可能であろうか。もし人間の視覚が結局、主観によってでしか現実を知覚しえないとするならば、そもそもその現実とは一体なんなのかという疑問が湧いてくる。

(※この略歴、文章はアートアニュアル'98パンフレットに記載されたものです)


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