木皿泉&末満対談

kimihoho木皿泉、末満健一.JPG[左]木皿 泉(妻鹿年季子)、[右]末満健一木皿 (初の演劇脚本の)『すうねるところは、すごく長いコントみたいな本だったんですよ。言ってることが妙に意味深なコント(笑)。でも(演出の)内藤(裕敬)さんが、ちゃんとお芝居にしてくださっていたので、安心しました。演劇って、台詞一つで、場の空気が「バン!」という感じで変わっちゃうのが面白いですよね。そういう作り方って、映像ではあまりしませんから。
末満 『すうねるところ』もそうでしたけど、ファンタジックな設定なのに、ちゃんと現実と地続きになっているのが、木皿さんはすごいなあ、と。僕もファンタジー系の芝居をやってますけど、たまに現実から剥離してしまう時があるので。現実社会を舞台にしながらも、ちょっとフワッとした所があるのが、木皿作品の魅力ですね。それと、今回の原作の脚本(註:本作は、ある映画の企画用に書かれていた未発表の脚本がベース)を読ませていただいたら、結構“余白”って感じの箇所があるんですよ。
木皿 だって、自分で全部考えるのって面倒でしょ?(一同笑)余白を残しておくと、見ている人が勝手にそこを考えてくれるんですよ。想像力で埋める楽しみが生まれる。
末満 演出する側も、その空白をどう膨らませるのか? というのが試される作業になると思います。ただ僕、こういうナチュラルな会話劇を演出するのが初めてなので、自分でもどんな物になるのか、予想がつかないんです。いつも僕がやってるような、音響も照明もガンガン使った、エンタメ系の木皿作品になったらどうしようと(笑)。
木皿 それも観てみたいですけどね(笑)。
末満 『君ほほえめば』の舞台は、塩屋の旧グッゲンハイム邸がモデルなんですよね?
木皿 以前旧グッゲンハイム邸を訪れた時に、その屋敷もだけど、とにかく塩屋という街が気に入ったんです。山と海がすごく近くて、その狭い所に学校や商店街や住宅街…人間の生活の全てがあるという、私にとっては理想のような場所だったんですよ。その「人が生きている」って感じを、あの屋敷に全部詰め込みたいと思ったんです。それで、そこに新しく住むことになった3人の女性と、元から住んでいた引きこもり男性の生活を見せる、という話になりました。
末満 旧グッゲンハイム邸自体が、塩屋の縮図みたいな所がありますよね。高級ピアノの置いてある部屋のすぐ隣に台所があったり、上の階が畳敷きの部屋になってるとか(笑)。洋館ならではのファンタジックなたたずまいと、そこに住んでいる人の生活臭が、すごく混じりあっているのが面白かったです。
木皿 ああいう洋館のファンタジックさって、どうやって出そうと思ってますか?
末満 リアルな洋館のセットを作ろうか、とは考えてますが、舞台用の脚本次第です。
木皿 多分、ヤンキーとオタクの話になると思います…まだ執筆中ですけどね(笑)。
末満 ドキドキしますね(笑)。ただ旧グッゲンハイム邸に下見に行った時「ここで芝居したい!」って思ったんですよ。観客があの中を、実際に回りながら観劇するという。
木皿 やりたいよね! 管理人とは知り合いですけど、話したら乗ってくれると思う。
末満 じゃあこれが成功したら、次は旧グッゲンハイム邸バージョンで上演します(笑)。

■プロットなしで脚本が書ける作家は尊敬する(末満)

kimihoho_tate.jpg撮影:Hideaki Hamada末満 僕は脚本を書く前に、必ずプロット(註:あらすじや構想など)を固めるんですけど、木皿さんは頭からすぐ書きはじめるって、以前おっしゃってましたよね?
木皿 だってプロットを書いても、最終的に違う話になるんだったら、別に書かなくていいじゃん? って思うから(笑)。
末満 確かに僕もプロットから脱線したりしますけど、でもそれは最初にプロットがあるからこそ「じゃあ、こっちだな」って逸らすことができるんです。なかったら、本当にどこに行っていいのかわかんなくなるんです、僕は。
木皿 きっと助走みたいなものですよね? 一見無駄に見えるけど、叩き台として必要というか。私が頭で考えた台詞を、なかなか書き出さないというのも、一種の助走だと思うし(笑)。
末満 そうそう。形にはしていないけど、頭の中で考えているというプロセスも執筆活動なんです……周りからはよく「そんなこと言ってないで早く書きなさいよ」と尻叩かれますけど(笑)。でも木皿さんの場合、逆にプロットがあると、あの台詞の瑞々しさが生きてこなくなってくるのかなあ? とも思うんです。
木皿 確かに、ここ(腕)から下だけでバーっと書いてる、という感じはありますね。だから台詞を書く時は、ウンウン唸ってるんじゃなくて、本当に勢い。頭を通して考え過ぎないように、その場その場で浮かんできた言葉で転がしていく…みたいな形が多いです。
末満 それで書けるっていうのがすごいなあ。
木皿 それに最初に決め決めにしちゃうと、自己模倣になっちゃいそうだし。私は美術部にいたんですけど、そこではすごく優等生的な作品を作ってたんですよ。それと同じように、自分の“上手い感じ”で書いてしまいそうになるのが、ものすごくイヤなんです。
末満 僕、尊敬する作家に2つのタイプがあって、それは「脚本を手書きで書く人」と「プロットを立てずに書く人」なんです。どちらも自分の想像の範疇を越えているから。実は「プロットを立てない」というのは、一度チャレンジしたことがあるんですけれど、やっぱりうまくはいかなかったですね。
木皿 でもプロットから逸脱したとしても、人間って壊れそうな物を、立て直そうとする気持ちがあるじゃないですか? なので逸脱しても大丈夫だと、基本的に思うんですよ。だから逆に、話がまとまり過ぎそうになったら「ぶっ壊そう!」って、感じませんか?
末満 ああ、まとめたモノを壊したくなる衝動はあるんですよね。でも自分の中に、壊すだけの確証がないというか…壊して面白いモノを作るという境地には、僕はまだ至れていない気がします。

■役者を選ぶ時は、演技よりも素材の方が大事(木皿)

末満 キャストのオーディションでは、僕と木皿さんとで、意見がすごく分かれたのが面白かったですよね。
木皿 多分私は、雰囲気とかだけで選んでるんですよ。(稽古の)現場はやんなくてもいいから、そこは無責任に(笑)。
末満 そう言われると僕は、この役者が稽古時間を経過した後にこうなっていくだろうなという、奥行を見てるんでしょうね。で、木皿さんは完全にファーストインプレッションで選んでる。
木皿 本当に直感、ですよね。自分が書こうとしている…未だ頭の中にふわんとある、その世界の中で動いてる人を描き出す時に「ありえる人」と「ありえない人」が、当然いるんですよ。でもその役者が悪いんじゃなくて、「この作品には違う」という判断の仕方ですね。
末満 だから(キャストを)見ていたら、実力云々は置いといて、本人そのものが役に近い人を選ばれているなあっていう。
木皿 そうそう。その人の演技じゃなくて、その人そのものがポンと立った時に、自分の考えてる人物に近い人がいい。それはやっぱり、ずっと映像の仕事をしてきた人間のクセだと思うんです。特にTVって、あまり訓練していない人が出ることが多いから、素材みたいなものが大事になっちゃうんで、どうしてもそういう選び方になる。
末満 だから意見が割れたら、最終的に脅されましたね(笑)。
木皿 「この人じゃないと書けないけど、それでもいい?」って。私ずっと、そういう風にやって来ましたから(一同笑)。あと、あまりにも達者というか…たとえばオタクを演じる時に「オタクってこんな感じ」っていうのが、もう頭の中で出来ちゃってる人は、それ以上の物が出てこない気がするのでイヤですね。結局私は、素人っぽい人が好きなんですよ。演出家は困るかもしれませんけど(笑)。
末満 そこは僕ががんばらないといけないところですね。僕もベテランから素人同然の役者までいろんなタイプの役者さんと仕事をしてきたので、その経験を駆使してなんとかやっていきます(笑)。(ライターの「自分が出ようとは思わなかったんですか?」の声に対し)いや、最近は僕、役者はあまりやってないですからねえ。木皿さんも、ご覧になられたことはないですよね?
木皿 でも(末満の)写真を最初に見た時に「すごくカッコイイ人だな」と思ったんですよ。さっき話していた、美術部の顧問の先生に似てるんです。だから私、この仕事を引き受けたわけで(一同笑)。
末満 いやいやいや、僕よりも先に木皿さんが決まってましたから!(笑)

【プロフィール】

▶木皿泉

夫婦で一組の脚本家。1990年頃から共同執筆を開始。2003年『すいか』で連続TVドラマデビューし、同作で「第22回向田邦子賞」を受賞。2012年は薬師丸ひろ子主演『すうねるところ』で、演劇戯曲に初挑戦して話題を呼んだ。

▶末満健一

神戸の劇団「惑星ピスタチオ」で演劇活動を開始。劇団解散後、2002年に自ら作・演出を務める演劇ユニット「ピースピット」を結成。Dステ『TRUMP』などの商業舞台での演出やメディアでの脚本執筆など、精力的な活動を展開している。